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2005 年 4 月 のアーカイブ

そのは人生のかけがいのない日々でした

2005 年 4 月 18 日 noto Comments off

                                           TBSアナウンサー 長 峰 由 紀

nagamine 子どものそので過ごした日々は、なんと穏やかな澄んだ時間であったことでしょう……。目をとじてあの頃を思い出せば、どんなときでもそれはそれは優しい気持ちになれる、人生のなかでかけがえのない日々だったのだと思います。
 当時の私にとって子どものそのの方針とか教育理念などは、もちろん意識の外にあったものでした。ただ、ひたすら田んぼを走り、カエルをつかまえ、空気をお腹いっぱい吸い、季節ごとの風に吹かれ、歌をうたい、笑い合ったり……。今思えば、あれほどのびやかに生きた時代はなかった。あれこそが生きた勉強だったと思えるのです。 大人になるにつれて、あの時間の重さが身にしみるようになりました。
 さすが断片的な記憶ではありますが、先生のまなざしやバスに手を振る友だちの笑顔、どこまでも続くように思えた田園風景……みんなの歌声も、父の日に作った工作も、ちゃんと覚えているのですよ。30数年以上たった今でも、それらを懐かしい映画のように思い出せるなんて、私は幸せです。 続きを読む…

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「その」は私のたからもの

2005 年 4 月 15 日 noto Comments off

                                                          文学座 征 矢 か お る

 kaoru2私はあまり記憶力の良い人間ではない。というか、自分の興味ないことは比較的簡単に忘れ去ってしまう。けれども、「その」のことは良く覚えている。 広いグランドでのバレーボール(もどき)、運動会の日に熱を出したことや、ブランコにのっていて落ちそうになったこと、様々な思い出が甦る。裏門のすぐから田んぼが広がっていて、レンゲの咲く時期にはピンク色の海原にダイビングした。ねばりつくような、つんと臭いのする泥の中に膝まで沈んで、どじょうをとった。次から次へと浮かんでくる。
 今、世の中はどんどんデジタル化している。勿論その分ものすごく便利になった。実際その恩恵を受けているのだから、デジタル化そのものがすべて悪いことだ、などと言う気はない。けれども、その一方で、決して失ってはならないものがあると思う。
 実際に何かに手で触れること、何かを嗅ぐこと、何かを見ること。「その」での体験は、まさしくそれだった。ヴァーチャルではない、確かなものだった。これがどんなに大切なものか。私は心からそう思う。
 本当に、「その」は私のたからものである。

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邦楽の世界を広げたい 

2005 年 4 月 14 日 noto Comments off

tamami                              邦楽家 吉田珠美
 第14回卒園生の吉田珠美さんは、東京芸大音楽部邦楽科を卒業、いま筝(琴)で身を立てようとがんばっています。
 お母さんが琴の師匠さんだったので、いつからか興味を持つようになり、小学2年のときから東京の先生について勉強を始めました。
 東京芸大は国立といっても、邦楽の世界では家元制度の影響が強いようです。 珠美さんは筝曲の世界では最大派閥である宮城会に所属を移し、三浪してようやく入学を果たしました。今年3月無事卒業して「教師」の資格を習得、お弟子さんも持てるようになりました。卒業後は芦垣美穂先生に師事するとともに、、NHK邦楽技能者育成会46期生として学び続けています。
 この封建的な世界で、何のコネもなく入学でき、卒業できたのは、珠美さんのがんばりと実力だったかもしれません。「わたし、負けず嫌いですから」と、彼女は言いますが、それを支えてくれたのは家族でした。小学生のころ、週1回の稽古を休んだことがありません。熱を出して気分が悪かったとき、駅からお師匠さんの家までの坂道をお母さんがおんぶして登ってくれたことを、いまも忘れません。
 彼女は、演奏家としての実力よりも肩書きが決定的な邦楽の世界、流派の仲間内だけで通じ合っているこの世界の狭さを、身をもって知りました。 「邦楽の世界を広げたい。開かれた音楽、世界に通じる筝曲をめざしたい」と、珠美さんの心は大きくふくらんでいます。

 

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