心の通い合う手紙ごっこ

2009 年 7 月 18 日

                                          理事長 能  登  眞  作
tegami 事務所の前にダンボール箱のポストを置いた。「おじさんのゆうびんぽすと」と書く。
 1月16日、年長組との手紙ごっこを始めた。おじさんの呼びかけの手紙に応えて、最初は先生の主導で課題保育の時間に手紙を書く。おじさんは翌日必ず返事を出した。返事をもらえば嬉しい。子どもたちは返事をもらいたくて次々手紙を書く。毎日大量の返事を書くのは大変だが、手紙のやりとりは子どもの意外な面が見えてきて面白い。
 ぞう組のりょう君の手紙に「いつまでもげんきでね」とあったので、「みんなが卒園してもがんばるよ。100歳くらいまでかなあ」といった意味の返事をすると、翌日来たりょう君の手紙で、「100さいまではいきられないかもしれないよ。」と引導を渡された。
 くま組のりんかちゃんは、こまがたまにしか回らないので「おしえてください。おねがいします」と書いていた。文面から真剣な思いが伝わってきた。「給食が済んだら教えてあげるよ」と返事をした。給食の後の自由あそびの時間は何となくゆったりした気分なのだ。りんかちゃんは缶ごまを持ってきた。最初はうまく回せたが、二度目は失敗した。水平に投げられれば回るのだが、「水平に投げる」ということを教えるのは難しい。「もっと遠くを見て、遠くまで投げる気持ちでね」。
 その後、りんかちゃんから「きょうはこまおしえてくれてありがとうございます。またこんどもおしえてください」と礼状がきた。さらに翌日は「きのうはありがとうございました。のとおじさんがかえったあと、たけうまをれんしゅうしました」と教えてくれた。意欲的なこの子の生活ぶりが覗けた気がした。

 最初の手紙は「こましょうぶしよう」「どんなくだものがすき?」といったあそびの誘いや質問が多い。それに返事を書くとき、「いいよ。やろうね。でも、缶ごまでやるの? べいごまでやるの?」とか、「おじさんはぶどうが好きです。〇〇ちゃんは何がすき?」と、返事に返事を書きたくなるように誘導する。
 判読に困る手紙も多かった。裏返して透かして見たりして、意味を読み取ろうとする。書きたかった気持ちに応える返事にしたかった。そもそも文にはなっていなくて、知っているかな文字を無秩序に並べただけの子もいる。その子の顔を思い浮かべながら、興味を持ちそうな話題を探して書いた。
 夕方ポストを開けて、家に手紙を持ち帰る。かな文字を習得しつつある時期の子ども宛てだから、一字一字、止める、撥ねる、はらうも正確に書こうとすると、一通はA4版に大きなます目で、たった120字だが、5~6分はかかる。どうしても返事を書き終えるのは夜半になった
らいおん組のなつきちゃんが家で書いてきた手紙をくれた。「家で書いた手紙をありがとう」と返事をすると、「いえでかいたって、どうしてわかったの?」と聞いてきた。「だって、紙の大きさがちがうし、線がえんぴつで描いてあったから、わかったよ」と答えると、なつきちゃんの返事は、「それってすごいことだよね」と一行書かれている。
 やりとりの内容は簡単な事柄だが、しかし、この手紙の往復は、文字の力を借りて時間と空間を超えた心の通い合いなのだ。
 そのちなつちゃんのお母さんは、「手紙をやりとりする姿を見て、とても嬉しく思いました。能登さんからの返事で、戦争があった子ども時代、77歳のお祝い、金婚式などなど、娘がどうして?と聞いてくるので親子の会話が広がり、それを姉も楽しそうに聞いていました」と喜んでくれた。
 ぞう組の内山先生は、おじさんから来た返事を朝や帰りの集まりのとき、全員に読んで聞かせた。手紙をもらっても読めない子、拾い読みはできても意味の分からない子がいる。読んでもらって、意味がよくわかれば嬉しさも深くなる。「どんな手紙を書いたら、その返事が来たの?」。問われればたいていの子が出した手紙の要旨を言うことができた。「そうか。それでそういう返事が来たんだね」。
 子どもたちは、手紙を書きたい一心で、「先生、『あ』の字はどう書くの?」「『ね』の字を教えて」と言ってくる。文字を覚えなさいと言われて練習をするのではない。50音を順番に書いて頭に入れるのでもない。いま、手紙を書く文字が知りたくて、自分から学習しようとしているのだ。真剣だから教え甲斐がある。「わかった!」。子どもと先生の関係が濃密になった気がするという。
 そのぞう組のゆうが君が手紙をくれた。彼はいつも自分のぺ―スで遊ぼうとする。大人を巻き込んで結構楽しく遊べる。反面、友だちに合わせて遊ぶのは苦手かも知れない。手紙ごっこには乗ら
なかった。でも、みんなが毎日のように返事をもらい、先生が読み上げて喜び合っているのを見ているうちに、自分もやりたくなったのだろう。ビーズ玉を1個入れたビニール袋がついていた。「びいずをげるから、とくべつにちょこちょうだい」とある。takara
 どうしようかと思ったが、それで手紙ごっこに参加できるならいいかと考えて、翌日の手紙に頂き物のチョコレートを一つつけた。「びいずをありがとう。ちょこはこっそりたべてね」。
 すると、さくらこちゃんから手紙と大きな袋が届いた。「ゆうがくんだけずるいよ。みんなにもちょこちょうだい」。この子はたくさん手紙をくれていて文の書ける子だから、内山先生が書かせたなと思ったが、仕方がないのでコンビニでアーモンドチョコを買って届けた。「ゆうが君はびいずをくれたからお返しにちょこをあげたんだよ。おじさんのちょこを食べた人は、お返しのぷれぜんとをください。手裏剣でも、ばらの花でもいいよ」。
 最初に、わかなちゃんがきれいな折り紙のサイコロ型の箱を持ってきた。きちんと、きれいに作られている。「ありがとう。うちにかざるね」。続いてたくみ君が小さな手裏剣をたくさん持ってきた。これも先端がピッととがった見事な作品だった。たくみ君からもらった手裏剣を届けに来た子も何人かいる。事務所を留守にしている間にビーズ玉を届けてくれた子もいた。りょう君はバラの花をきれいに折ってくれた。きょうかちゃんは折り紙で作った八角形のふたつきの箱を二つもくれた。家に持ち帰ったら、「これを子どもが作ったの? ウソでしょう」と家族もびっくりしていた。
 らいおん組のよしのり君は端正な顔をしているが、手紙もていねい語で書かれていた。
1月21日「のとおじさんへ。ぼくがいちばんすきなあそびはどろけいです。」
1月23日「のとおじさんぜひどろけいしてください。」
1月27日「こんどのどろけいのひにちは2がつの19です。だけどできないかもしれない。」(おいおい、勝手に決めるなよ)。
2月2日「おじさんはどろけいのひにちはなににすればいいですか。」
2月4日「しごとがなかったらあそびましょう。だけどあそべなかったらどうします。」
2月9日「がっこうまでどろけいができなかったら、どうします。」
 ここまで来ると、もう逃げられない。13日の給食の後と返事をした。
2月12日「やらがいいよっていってたよ。むかいにいきます。」
2月13日「じゃあぼくがけいになってあげますよ。」
 さて当日のことだ。給食doroke-2を終えたらいおん組の子どもたちが迎えにきた。10人余りでアスレチックに集合するどうやって泥棒と警官をきめるの?」。
 子どもたちは一列に並び、「どろ、けい、どろ、けい…」と両側にはじいて、たちまち組分けが終わった。「牢屋はどこにするの?」「はんとう棒だよ」…もう慣習として決まっているらしい。
「おじさん、どろだよ」泥棒の子は赤い帽子のままだが、警官になった方は帽子を裏返して白にした。「逃げろッ」。3~4人の警官に追われた。全力で走れば、すぐには追いつかれない。多勢に無勢で包囲されて逮捕された時は、もう心臓が破裂しそうだった。
「おじさん、思ったより早いね」「そう。意外に早いよ」と女の子がませた口調で言うのを聞きながら、ボクは牢屋の地面に横になる。土の冷たさが汗ばんだ背中に心地よい。 そのうち屋良先生も給食の片づけが済んで加わり、らいおん組あげてのどろけいがしばらく続いた。年配の助手の先生たちが「大丈夫ですか?」と心配してくれた。「そうだねえ。還暦を過ぎたらボクも考えることにする」と笑った。石原先生も「本当に大丈夫ですか」と言い、事務所の井出さんは「能登さんは、もう!」とあきれていた。
 確かに、やるとしてもほどほどが肝心だ。つい本気になってしまう。いささか疲れた。恥ずかしながら「どろけい」は初めてやったが、けっこう面白かった。
2月14日「どろけいやってくれてありがとうございます。」
 よしのり君は望みを遂げたが、氷鬼をやりたいと言っていた女の子たちは収まらない。手紙で矢の催促をうけて、最後はこれもやった。
 らいおん組のなつきちゃんが家で書いてきた手紙をくれた。「家で書いた手紙をありがとう」と返事をすると、「いえでかいたって、どうしてわかったの?」と聞いてきた。「だって、紙の大きさがちがうし、線がえんぴつで描いてあったから、わかったよ」と答えると、なつきちゃんの返事は、「それってすごいことだよね」と一行書かれている。やりとりの内容は簡単な事柄だが、しかし、この手紙の往復は、文字の力を借りて時間と空間を超えた心の通い合いなのだ。
 そのちなつちゃんのお母さんは、「手紙をやりとりする姿を見て、とても嬉しく思いました。能登さんからの返事で、戦争があった子ども時代、77歳のお祝い、金婚式などなど、娘がどうして?と聞いてくるので親子の会話が広がり、それを姉も楽しそうに聞いていました」と喜んでくれた。 一番たくさん手紙をくれたのは、ぞう組のさくらこちゃんだ。44通もらった。一人一日一通ということで26通の返事を書いたと思う。年中組のときはよく泣いていたように記憶しているが、年長組になってからはずいぶん変わった。暮れの人形劇は水を得た魚のように楽しそうに参加していた。作品展を前にした絵の具の絵も、鳩を大胆に生き生きと描いた。その鳩が気になったのか、手紙に「あのはとはどこでつかまえたの。てがみにかいてね」と言ってきた。「そののはとは、動物病院の先生から預かっています。あのはとは、生まれたときから、目が見えなかったそうです。目が見えないので空を飛べないし、飛んだらおうちに帰れません。動物病院の先生が、せめて子どもたちの楽しそうな声が聞こえるところで過ごさせてあげたいと、そのへ預けたのです。」
z さくらこちゃんは、「エルマーのぼうけん」の課題画では、エルマーがりゅうを助けた後、抱き合って別れを惜しむ場面を描いた。りゅうの目から涙がこぼれていた。担任の内山先生は「手紙ごっこがさくらこちゃんの自信になったみたい。絵まで自信にあふれてきたわ。」と言う。
 さくらこちゃんのお母さんは「今回の手紙の取り組みは私の想像をはるかに超えた内容と量でした。読み返してみると、たった一~二枚の少ない言葉の中に、一番伝えたい思いがギュッと凝縮されたものばかりです。チャロやウサギの死を見てきて、また普段から『死んだらどうなるの?』という疑問をかかえているさくらこですが、能登さんの『お母さんが病気で死んだとき、おじさんは別れがつらくて泣きました。でも、思い出ががいっぱいあって、お母さんはいまでも、おじさんの心の中にいきています』という言葉に全ての答えがあるように思いました。さくらこは小さい時からよく泣く子でしたが、…憧れの大きい組になり、年長への憧れを高めるそのの方針、年長になった喜び、内山先生との出会いが、さくらこを一気に開花させた気がします。」と喜びを伝えてくれた。
 やりたいこと、目に見えることだけでなく、心の問題にもふれる手紙が、ほかの子からも現れてきた。らいおん組のののか(自称のっか)ちゃんは、「のとおじさんは、すきなことばは、なんですか? のっかは、あそぶのことばがすきだよ。」と問いかけた。
 おじさんの返事。「おじさんの好きな言葉は『きずな』です。きずなというのは、人と人との、きれないつながりのことです。相手の気持ちを大事ににする、やさしい心のきずなを、大切にしたいです。」  
 3月、卒園が近づくと別れを惜しむ手紙が増えてきた。きりん組のまゆちゃんは「のとさん、まゆはもうすぐそつえんです。さびしいです。」と書いてきた2日後にまた、「まゆはもうすぐそつえんですから、のとさん、かなのことおねがいします。」と、妹のことを頼んできた。同じきりん組のあおいちゃんは、「そのにくるのものこり8かいですね。そつえんしてもあおいたちのことわすれないでください。」と書いた。ぞう組のこうだい君は、「のとおじさんへ。もおすぐそつえんですね。ぼくわこのそのにいたいです。だけどもうこうだいわそつえんです。」…これを読んだのは夜更けだった。こうだい君は姉妹園の子どものそのBaby保育園を作ったとき、最初に0歳児で入園した。そこに3年、そのへきて3年、赤ちゃんから6年間一緒だった最初の卒園生なのだ。「もうそつえんです」と音楽のように繰り返すこうだい君の思いを感じて、ひとり涙をこぼした。
 らいおん組のあかねちゃんが「そつえんしたらのとさんもさびしい?」といった手紙をくれたと思う。その返事に、「みんなが卒園するとおじさんもさびしいよ。でも、みんながすてきな一年生になるのだから、拍手で送りだします」と書いた。
 これに対して、お母さんから、「一年生になることに『がんばれ』式の、プレッシャー的なことや忠告的なこともなく、理事長の感想だけが書かれていて、よかったと思います。どの手紙も、とてもきれいな文字で、丁寧に、子どもに分かりやすく書かれていて素晴らしいです」と褒めていただいた。そして「あかねは返事が届くのを毎日楽しみにしていました。また、家でも『明日はどんな事を書こうかな?』『あっ、このこと、のとおじさんに書こう』とよく考えていました。そして、園だけではなく、家でも空き箱で“パパポスト”、“ママポスト”、“自分のポスト”を作り、手紙交換をしていました。祖父母や叔母にも喜ばれ、感心されました」と伝えてくれた。
 しかし、おじさんの手紙にもちょっと生意気なことを書いたのがあることはある。前述のらいおん組のののかちゃんから「のとおじさんはどうしてじがじょうずなのって、ままがいっていたよ。」という手紙が来たときの返事だ。「おじさんは、字をかくとき、読む人のことを考えます。字は、自分の考えたことを書きとめたり、それを人に伝えてくれます。手紙は自分の心を、人に運んでくれるのです。だからおじさんは読む人のことを考えて、ていねいにかきます。大事なことは、なぜていねいに書くか、相手のことを考える心です。」
 このやりとりには後日の伏線がある。ののかちゃんからは「そうなんだね。じがうまいってゆうことは、ひとのことをよく考えるんだー。」と返ってきた。「おじさんの手紙を読んで、いろいろ考えてくれて、うれしいよ。…卒園のお祝いのとき、おじさんは考えを話すからね。しっかり聞いてくださいね。」
 ののかちゃんもたくさん手紙を書いてくれた方だ。返事は21通書いたと思う。お母さんの話だと、そのから帰宅すると「今日は手紙何枚だと思う?」と、得意げに読むらしい。「それがいつの間にか日課になり、親子の楽しみなひとときになりました。先生や友達からの返事は70通を超え、驚いています。」nonoka
 手紙ごっこは、おじさんとのやりとりの範囲を超え、園長や主任はもとより、ほかのクラスの先生や給食室のお姉さん、運転手や事務員にまで広がった。まさに全園のとりくみとなったのである。お母さんは「そのの手紙ごっこは、心のつながり、気持ちが通じ合う嬉しさ、そして子どもの成長も感じられ、とても暖かい気持ちになりました。こんな素敵な取り組みを園全体でしていただき、本当に感謝しております。」と評価されている。
 手紙ごっこは1月16日から卒園のお祝いの前日3月19日まで続いた。この間、4クラス115人から、合計941通の手紙をもらった。これに対して一人一日一通で、合計735通の返事を書いた。 前述のののかちゃんからは間際に「どんじゃんをしたい」などと言ってきていたが、卒園のお祝いを翌日に控えた19日、お母さんにマス目を書いてもらった紙に、「のとおじさん、ごめんなさい。どんじゃんはもっとまえにはやくやればよかった。そつえんのときやすむかわかんないけど、のっかきのうのよるからさむけとせきがするの。だからやすみなの。だからやすむかやすまないかどっちかなの。はるやすみにはなおるよ。」
 手紙を見て、すぐに返事を書いた。午前保育の日なので時間がなかった。「のっか。卒園のお祝いのときは、おじさんの話をきく約束だよ。少しくらい熱があっても、お祝いにはきてください。」
担任の屋良先生は、この手紙をののかちゃんの自宅まで届けてくれた。かれも手紙を毎日読み上げて、子どもたちと一緒に手紙ごっこを盛り上げていた。卒園のお祝いの前日では担任としてやるべきことも多かっただろうに、よくぞ届けてくれた。たった一人の子どもを大事にする。それがみんなを育てる仕事の基本なのだ。ののかちゃんは卒園のお祝いに参加した。みんなと一緒に立派に保育証書を受け取り、誇らかに「大きい木」を歌い、エルマーのぼうけんのうた「金色のつばさ」を歌って、子どものそのを巣立っていった。(2009年5月3日)
 お断り 「おじさんの手紙」は全文ひらがなで書きましたが、読みにくいので、ここでは漢字まじり文で書きました。  

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